出口光が興味を持った、出口家のルーツ。
あなたの苗字のルーツを調べてみると、面白いと思います。

きっかけ

幼少の頃、出口家には講談社発行の、曾祖父・出口王仁三郎についての本があり、また両親や親戚からも先祖の話を幾度となく聞いていました。

しかも「出口」は面白い苗字であり、
なぜそのような表現が使われたのか?
先祖は何をしていたのか?
いつか調べてみたいと思っていました。

「ルーツ」を調べるきっかけになったのは、2001年3月に、家族旅行で長崎に旅行した際、「出口」という名前が長崎に多いという事に気がついたことでした。

出口光の息子が「今、自分がここにいるのは自分の両親、さらには先祖がいたからだよね?」と呟きました。
出口家の先祖がどのような人たちで、どのようなことをしていたのかを知りたくなり、『出口家』のルーツを辿り始めたのです。

「出口」という名はどこに多い?

苗字の全国ランキング・県別ランキングを調べることから始めると、少ない・珍しいと思っていた「出口」という苗字の数は全国ランキングで401位と、2万種以上あるといわれる苗字の中で意外と多いということを知ったのです。

さらに都道府県別苗字ランキングを調べると、県内に最も「出口」という姓が多いのは、三重県(全国54位)、次いで長崎県(65位)、和歌山県(94位)で、この3県が100位以内でした。

次に地名、全国の「出口町」を調べました。
出口町と名のついた土地は、出口という姓の有力な一族がそこにいたのではないか?
という仮説を立てたのが理由です。

すると面白いことに、「出口町」という土地は日本海側には一つとして存在せず、都道府県別のランキングにも登場しないことがわかったのです。

「出口」の分布図

日本地図を取り出し、出口という地名、またランキングに登場する県を塗りつぶしていきました。
でき上がった「出口」の分布図は、長崎県から瀬戸内海に沿って紀伊半島へ向かい、和歌山、三重県に至る一帯を示すものとなりました。

これらの土地にはかつて有力な出口一族が存在し、多くの「出口」という姓の人々が暮らしていたのではないか?
あるいは出口姓の武家がこの一帯に強い勢力を持っていたのではないか?
太平洋沿いに、ベルト状に分布していることから海と深い関係を持った一族なのではないか?

また、長崎県に「出口」が多いことから、朝鮮半島や中国大陸から「出口」という姓の人々が船で渡来し、移住もしくは繁栄を繰り返しながら瀬戸内海を通り、和歌山や三重と言った紀伊半島の土地に至ったのではないか?

様々な思いが頭の中を駆け巡り、出口家のルーツについて、様々な仮説を立てたのです。

仮説1:出口家は、「渡会家」と「三浦家」の結合

日本家系協会の資料から出口家を調べた結果、出口家は大きく分けて2つのルーツを持っているという結論に達しました。
1つは朝鮮から来た渡会家、そしてもう一つは相模(神奈川)を元とする三浦家です。
この2つの「出口」について調べた要点は次のとおりとなりました。

渡会(わたらい)家をルーツとする「出口氏」について

  1. 『渡会』は朝鮮古語で『海族・海族を守る神』(パタライ)を示す。
  2. 江戸時代、伊勢神宮の外官の神主(禰宜)家として豊受大神(トヨウケノオオカミ)を奉っている。
  3. 長崎には出口が多く存在することから、出口氏は朝鮮から渡ってきた可能性が高い。

相模の国三浦家をルーツとする「出口氏」について

  1. 源頼朝の鎌倉幕府開設の軍事的背景は三浦家にあった。
  2. 三浦家が北条家によって滅ぼされる時、三浦家は出口家として分かれた。
    三浦家の城「三崎城」最後の城主・出口五郎左衛門尉茂忠は水軍で、北条市に攻められた時も船で悠々と沖に逃れたと『栄光の三浦水軍』に書かれている。
  3. 今でも三浦半島油壺周辺には出口という姓が多い。
  4. 紀伊(三重)から相模・三浦(神奈川)へは黒潮が通っており、渡会家出口氏が渡り住んだ可能性もある。

 
この要素を組み合わせ、出口光は神道に従事した渡会家出口氏と水軍であった三浦の出口氏は、ルーツを同じくするのではないか、という仮説を立てました。

朝鮮から渡ってきた渡会家出口氏が、多くの苦難を超えながら、長崎から瀬戸内海を経て紀伊半島へと勢力を拡大していったと考えれば、必然的に海の守り神を奉る必要があったのではないか?
日本には古来より『氏神様』という、一族を守る神様を奉る風習があり、水軍=海族であった出口氏は、氏神である海族の神を奉らせる為に、渡会家出口を伊勢に配置したのではないか?

こう考えると水軍の出口と神道の出口という2つのルーツは、1つに統合することができるのではないか?と考えたのです。

仮説2:出口家は水軍であり、北条軍から逃れて太平洋を海路関西に移動した

出口町は全て太平洋側に集中しており、日本海側には存在しません。
さらに、この分布は、神奈川県三浦半島以西に限られます。

道府県別苗字ランキングでも、上位三県は三重、長崎、和歌山となっていることから、元々出口家は朝鮮半島から黒潮に乗り、海を渡って瀬戸内海を通り、和歌山、三重を経て相模に行き着き、戦国時代には、水軍として活躍したと考えました。

仮説3:出口家は紀伊半島を中心とする九鬼水軍と深い関係に

出口町は愛知県にも多く存在します。
また、出口町はありませんが、九鬼水軍の本拠地である伊勢、三重県の大王町に隣接する立神町、和歌山県の熊野市などには多くの出口という姓が存在します。
この3カ所に限らず、和歌山・三重には出口姓は多く存在します。
九鬼水軍は江戸時代に水軍としての力を恐れられ、兵庫県の三田と京都府の綾部に移封、現在でもその周辺に出口姓は多く存在します。
これらのことから、出口家は九鬼水軍と深い関係にあったとも考えられます。

仮説4:出口家は藩を超えて他の多くの水軍とのネットワークをもっていた

村上水軍の本拠地、広島の因島にも出口姓は多く、府中市には出口町があります。
また、瀬戸内海沿い、宮崎県の延岡市にも出口町が存在します。
瀬戸内海・太平洋沿岸のみに出口町が存在していることから、出口家は、多くの水軍とネットワークを持っていたということが考えられます。

※上記の仮説は出口光の出会いと調査に基づく仮説です。
他のルーツももちろん考えられますし、あるいは全く別の仮説も立てられると思います。
ご意見や他の仮説をお持ちの方は、出口光がまとめますので、ぜひご連絡ください。